『大英博物館双書 失われた文字を読む』(學藝書林)


 昨年末から刊行が始まったこの双書は、以下の全九巻が予定されている。

 1.楔形文字
 2.エジプト聖刻文字
 3.線文字B 古代地中海の諸文字
 4.初期アルファベット
 5.ギリシア語の銘文
 6.エトルリア語
 7.ルーン文字
 8.マヤ文字
 9.数学と計測

 現在「楔形文字」と「線文字B」のみが既刊だが、これだけでももう「文字マニア」を魅きつけるのに十分すぎると、そんなに文字に執着しない僕でも思うんだけど、いかがなものだろうか?
 古代文字だから、現存するテキストというのはもちろん石碑などに刻まれたもの。そういった資料写真、図版が豊富に載っている。それで文字の起源と発展、テキストの読み方までを解説するという、非常に中身の濃いシリーズなわけだ。
 とはいえ各巻四六判変形平均百三十ページという容量では、語学的なレベルでそんなに深いところまで説明しきれるはずもない。本の帯にも「現在は失われた古代文字を読み解くシリーズ。高校生から大人まで楽しめる格好の入門書。」なんて書いているように、あくまでも「一般大衆文字マニア」のための本だと思ってもらえばいい。
 と思ったら大間違い。
 線文字Bというのはエヴァンズによってクレタ島の遺跡から発掘され、ヴェントリスによってほぼ古ギリシア語と判読されているだとか、世界史の知識がある人なら聞いたことがあるかもしれない。ところでクレタの女は皆嘘付きだとあるクレタの女が言った、という有名な文は誰が作ったんだっけか?
 それはさておき――
 この本を読むにあたっては、しかしながら、そういう雑学的知識以上に言語学的な知識を前提とされているようにしか思えない。つまり文字の解読からテキストの読みへと至れば、必然的に古代ギリシア語そして印欧語(インド=ヨーロッパ語)について若干の知識を必要とすることになるからである。
 でもひたすらに言語学の授業をサボりまくった僕でも、本を眺めて楽しむだけなら十分すぎるんじゃないかしら。とくに古代文字に興味がある書籍蒐集家にだけおすすめしておきましょう。

(河原良朋)